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げっ歯類とゆるふわエゴイスト

起業して1年経ったげっ歯類顔の人が、起業に関するポエムを書くブログだよ!

後輩を紹介した話

ご無沙汰してます。

 

先日、自分が大変お世話になっている方々に、後輩を紹介しました。

 

後輩とは決して長い仲ではないのですが

彼女が意を決して関西から東京に出てきていること、

毎日地道に行動を重ねていること、

行動力はあるもののなかなかいい先輩に出会えていないこと、

等が気になっておりました。(私にはそう見えていました)

 

そんななか、たまたま良い機会があり紹介させて頂く運びに。

「双方がハッピーになれたらいいなあ」

とおもい場を作ったのですが...。

おそらく、誰よりも自分が一番ハッピーでした。ありがとうございました

普段、自分が紹介される立場にたったり、またどなたかを紹介して頂くことはあったのですが

自分がどなたかにどなたかを紹介するというのは初めてでした。

そこで、想像すらしなかったことがたくさん起こりました。

 

1:時間がきになる

当然すぎていうまでもないのですが、とにかく時間がきになる。普段5分前行動の自分がさらに15分前行動。紹介すると言って時間をとってもらうのに、紹介する後輩が遅れてきてもらったんじゃあお話にならないですし。。。 自分も普段からこの位余裕をもって行動しようと思いました。。。

 

2:挨拶がきちんとできるか気になる

せっかく時間をとってもらっているのに、後輩がきちんとお世話になっている方々に挨拶ができるかきになって仕方ありませんでした。きちんと、目をみて、ぴしっと。

 

3:立ち振る舞い・話し方がきになる

後輩は女性なのですが、華やかであればあるほど、その話し方がきになりました。...一概には言えないのですが、プライベートで求められる女性としての話し方と、ビジネスシーンで性別関係なく求められる話し方・態度 は少し違うのかなと思いました。

 

4:話の矛盾がきになる

「あれ、さっき言ってたことと逆なんじゃないかな..?」「それとこれとは別の話なんじゃないかな...?」「それ言っちゃあここにきてる意味ないんじゃないかな..?」等、とにかく、他人であることをいいことに「え、それなんで?ねえなんで?なんでなんでどうして?」と脳内でつっこみいれまくってしまいました。

 

5:説明不足がきになる

なかでも一番きになったのがこれでした。

自分は後輩のことをある程度知っているので

「この話きたら、○○(後輩の名前)のこの想いを話せば納得してもらえるのでは!!!」

というシーンが幾度かあり、そのたびに説明の不足がほんとうにもったいないなと思いました。

ただこれ、今回あげたなかで一番難易度が高いんじゃないかな、と。

適切な説明を最短最速で相手に伝わるように繰り出すには

限られた時間のなかで(今回は30分)、

・相手がなにを知りたいのか的確な判断をする

ことがまず必要。その上で

・相手のニーズにこたえるように自分の意見のエッセンスを絞り出して伝える

んですよね。

で、それをするためには

・日頃から自分の考え(会にはだいたいテーマや目標があると思うので、それに沿った部分は最低限)を言語化して人に伝えられる状態にしておかなければならない

んですよね。

 

...文字にすると当たり前すぎて悲しくなってきてしまうほどなんですが

とにかく

「自分のなかでも言語化できていないと考えていることにはならないし

仮に自分のなかで言語化できていたとしても、

その場その時に伝えることができなければ、相手にとっては無いのも同じ

なんだなーと。

 

 

そして、いま書いた話すべて

自分はまったく出来ておらず 自分はひとさまに紹介して頂くに値する人物ではまったくないと思いました。 後輩にどうしろこうしろ言うつもりは一切なくて、まず自分が気をつけようと思います

 ***

 

6月半ば、実はそういった大事な機会があったのですが

自分は上記のような部分でひっかかり

見事に撃沈。その後数週間にわたり昼夜問わず社内の人につめまくられる

ということがありまして....。

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△ 朝起きたらこういうのが送られてきている。夢に出る。本当に一ヶ月ずっと夢にでましたね....

 

普段から深く詰めて言語化する方ではなかったので、「おお...そんなところまで..!」とも思ったものですが、

確かに!!未知の人を前にすると、確かに気になるしききたくなりますね。

 

...と、はじめて人に人を紹介することによって

相手が交渉の場(初対面の人との場)で紹介される人の何をみているかを客観視できました。後学になる部分が多かった。

 

明らかに、紹介した自分が一番何かを得たんじゃないかなと....。

みなさん、ほんとうにありがとうございました。

 

下手でもいいし間違ってもいいから、

まずはとにかく頭のなかで言葉にして、相手のニーズと状況(もっている情報量とか)を想像して、その上で必要な言葉のみを抜粋するし組み立て伝えようとしています最近...

そんなん中学でやれよwwwwwwwwwwwww

という感じなんですが、でも、やってこなかったんだから今からやるしかない。

それが、苦手でも必要なことであるならば。

 

 

 

カレーmtgしました

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社食です。 

 

 

昨日書いたブログが思いの外バズっていて焦りました。

界隈の方はみんなIVSへ行かれている間にこっそり投稿したつもりが....。

やはりみなさん、心はネット上にあるというか、どっちが実体なんだかわからないですね。。。

 

ブログを書いてみての感想等

・知らない方から意見やコメントをもらえるなんて、プライスレス

・読む人は我々への知識ゼロなので、誤解なきよう伝達することのハードルは高い

・費用対効果を考えると、とてもお得なのは...(もちろん、伝達内容とリーチしたい層によりけりですが)

・自分が何を大切にしているか再確認できる

・「もっと他に書く話あるでしょ」と社内からつっこまれる

 

「会社がうまくいかないと人が離れていくのはなぜなのか」

 

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 ※「離れていく人」といっても、直接約束を果たせなかった方などは当然で、今回お話したいのは、いっけん直接的には利害関係が発生していないようでも「離れていってしまう人」のことであります。

こういうことってあるよね

このスタートアップ界隈。表面的に見えてくる部分は華やかですが、どこの会社も誰もかれも「うまくいかない時期、瞬間」はありますよね。2013年末から界隈にいる自分も、まわりの多くの人の苦境をみてきましたし、少なからず自分もいくつか体験してきました。
例えば、
・お金がなくてりんご飴で生活してました
・めざす方向性の違いを理由に、共同創業者が他会社に就職してひとりになった
・サービスが伸びずにいたら大資本が同じサービス被せてきた
など。....あと200個くらい思いつきそうです。w
 
自分個人が2015年に体験したことは
・友達・知人だと思っていた人からメッセージが返ってこなくなる
・友達・知人だと思っていた人から会合なりの誘いが一切こなくなる
・友達・知人から「きっとうまくいかないからそろそろやめろ」と諭される
・友達・知人から「もういい年齢だしそろそろやめろ」と諭される
・友達・知人から「すぐに金にならないことはやめて、とにかく直ぐに稼ぎなさい」と諭される
・知らない人からなぜか怒られる
・知らない人から、スタートアップ自体の批判をうける(w)
・とにかくだいたい断られる
・知らない人から、女なんだから体使っとけとか言われる
・知らない人から、女なんだから結婚すればいいと思っているんでしょ?と言われる
 
などなど。お金がないのも確かに大変なんですが、精神的にくるなあ、という出来事が多々ありました。
(ただこれって、一方的な事実認識の問題、つまり”思い込み "である側面もあるかなと思います。)
 
...いま挙げてみると、どれも些細なのかもしれませんが、その時の私にはとてもキツかったです。
お金はジリ貧、事業の目処はつかない、にもかかわらず一緒に過ごしている相方の人生の貴重な時間だけが
どんどん減っていく。ごはん食べている間にも、歯を磨いている間にも、自分が眠っている間にも。
自分自身は好きでやっているんだから何を言われてもいっこうに構わないですし、どうしても大事にしたい”ゆずれない願い”があるから問題ないんです。会社をはじめるとき、絶対に「誰とするか・何をするか」は絶対に妥協しないと決めていたので。ただ、関わっている人の人生の時間が減っていくのがほんとうにツラい。
 
ちょっと前にバズった記事がよく描写しているなと思います。
 
ただ。
これって多くの場合「悪意」があって言っているわけではないのかな、と。
おそらく、それどころか、彼らはずべて自分の「正義」や「生存本能」に従って行動しているだけ。
 

 

人間関係は「期待」と「信用」と「バリュー」でできている

離れていく多くの人の背中をみて
「く…!なんなんだこの人たち!調子いいな!」とか
「私が女だとかアラサーだとか、関係ないじゃん!くそっ」とか
思っていた時期もあったんですが、ある時から
「人が去るまえの自分は、彼らにいったい何を提供できていたんだろう」
「人が去ってからの自分は、彼らにいったい何を提供できなかったんだろう」
と、考えるようになりました。
 
結局
そこに旗をたてているのに、風をふかせはためかすことがでいきないのは、周囲の期待や信用を裏切っているのと同義なのだと思います。
・「うまくいかない」という事実は「周囲の期待や信用を裏切り続けているにほかならない」
・「なにかしてくれそう」という期待を裏切り続けてしまった自分は、相手からしたらわざわざ時間を割く価値がない
・「人を信じられない」「元気がない」自分は、相手にとって一緒にいる価値・時間を割く価値がない
そう思うようになりました。
(論拠が乏しくてすみません...)
 
 
あらゆる生物は、自己の生存・種の保存を最優先し、経験や知見を活かし、物事や時間の使い方の取捨選択をしています。
周囲の人の「期待や信用」を裏切り続け、なんのバリューも発揮できない自分に、時間を使わない、という選択をすることは、生物として、なんら間違いではありません。
私よりも、期待でき、信用でき、バリューがある人に自分の限られた時間を使うのは当然です。むしろ当然では。
社会的生き物である人間だからこそ、私よりも社会的地位のある人に時間をつかうことは、悪いことでもなんでもありません。むしろ当然では。
 
….こわい人も、いじわるな人も、誰も存在しないのかもしれない。
あるのは、それぞれの正義と、それぞれの生存戦略、それだけです。

 

「会社がうまくいかないと人が離れていくのはなぜなのか」

=>それは生き物だから。しゃーない。

 
 

じゃあ、どうしよっか。

人間は未だもってきちんと動物的であるな、とこの1年間つよく感じました。
昔むかしの賢者たちが、社会をよりよくしよう、と法や約束事を作っては改善してきましたが、
それとは関係なしに、人間の生き物としての本能はかわらないままのようです。
「友達・知人」という、普段改めて関係性を規定するような関係性でないからこそ、より顕著に自然に行動に出るのかもしれません。
 
「信用が大切だ」「信用こそお金だ」「信用取引
なんて、ビジネスの世界ではよく耳にする言葉ですが、ビジネスに限った話ではないのだと気づかされました。
人は、人に対し、知らず知らずのうちに、期待し、信用し、価値を見出し、
自分の時間、すなわち命、を配分しているんです。
(期待できるか、信用できるか、価値があるか、値踏みしているともいえるかもしれません)
 
 

小さな約束をも守ること、精一杯の価値を提供すること。

では、自分はどうすればいいのか。
まわりの人に対し、どう接していけばよいのか。
 
それは、小さな約束を守るよう努力することしかないのかもしれない。
約束といっても、口約束だけではなくて、日頃の小さな期待を裏切らないようにする、みたないなことなのかなと。
挨拶をする、とか。
時間を守る、とか。
できないことはできないという、とか。
そういった小さなことを積み重ねていくことしかできない。
(それが意外と難しいのですが...)
 
そして、いまできる精一杯の価値を提供するしかない。
人を紹介することかもしれないし、
人を信用することかもしれない。
元気に過ごすことかもしれないし、話を聞くことかもしれない。
とにかく、できることはすべてやっていこうと思いました。これからも。
 
離れていってしまった人たちが、いつか偶然視界に入ったその時に
今度こそ、なにか価値が提供できるようにも。
 
 
 
 
 
 
***

 長くなってしまいましたが、最後に実際の話をすこし。

2016年3月、およそ1年ほどうまくいかない時期が続き、一方でどうしても諦められない願いがあり
葛藤の中で自分は人や自分に(勝手に)絶望し、半分ノイローゼのようになっていました。
twitterfacebook等のSNSは目にするのも辛く、まったく見ないようになり
かといって誰に連絡をとるでもなく、ひとと会わないようになり、
次第にごはんも食べれずまったく眠れないようになりました。
夜の会食で、悔しくて号泣し出すこともありました。(あの時は...すみません….)
 
そんな時。
自分の会社には共同創業者である「みちるちゃん」という奴がいるのですが
彼と、ひさびさに夜ご飯を食べにいきました。
「落ち着いたら酒のみにいこー!」と言常々いいながら、気がつけば半年ぶりの席でした。
 
ごはんが結構美味しかったのも相まってか(笑)
気づけば時間は丑三つ時もすぎ、開けたボトルは4~6本でしょうか…………。
帰りの電車もないので我が家でふたり更なるボトルをあけようとしていた時
こらえていたものが抑えきれず、堰を切ったように溢れ出てしまいました。
具体的にいうと、いきなり号泣して謝りだしました。
普段は「あやまるくらいなら目の前のことで成果ださなきゃ」と思っている方なので
とりたてて頭をさげることもないのですが
もう我慢できなかった。
優秀な彼の時間を、人生の一端を奪っているのが、申し訳なくて仕方なくて
涙が止まりませんでした。
(よく泣く方ではあるんですが….人前であんなに泣いたのはじめてかも,,,ってくらい泣いてましたね...)
 
そうしたら、みちるちゃんはこう言いました。
「ボクは、さいあく、誰に何を言われてもまったく気にしません。
ボクは、誰かに頼まれたわけではなく、
自分がすきでしみこさんと一緒にいるんですよ。
だから、そんなに一人で抱え込んで泣くことなんてない。
もっとボクのこと、利用してください。しみこさんが出来ないことは、ボクがするから。」
 
 
 
 
不思議なことに、その日を境に
離れていった人のぶんを埋めるかのように、ほんとうに多くの新しい出会いがありました。
人との出会いが機会をよび、事業は少しずつ動きだしました。
 
人と人ってふしぎですね。
どう思い返しても、あの日が境になっているんですよね。
極限の状況下で豹変する人を多くみてきたからこそ一層、あの日の彼の言葉はほんとうに嬉しかった。
きっと、みちるちゃんが、私のなにかを信じてくれたから、
私もまた、誰かを信用することができるようになったのだと思います。
 
 
 

そんな訳で。

まだまだなにも大きな成果は出せていませんが、来たる日に向けて日々地味に仕事をすすめております。
心強い仲間とも、たくさん出会うことができました。
相変わらず飴とか食べて過ごしていますが(笑)、去年の味とは全然違います。
いまは、明日訪れる朝が、新しく訪れる出会いが、楽しみで仕方ないです。
ゆずれない願いを叶えるため、そして、
多くの人から頂いた価値を、より大きくしてお返しできる機構となるべく、みんなでがんばります。
ここからがやっと本番...!
きっとこれ以上に大変なことが山ほどあるんだろうな..
死にたくなるような失敗もきっとしてしまうやもしれない。
でも、きっと大丈夫だと思います。
みちるちゃんがいるし、信じてくれる仲間がいるからね。
同じ方法を向いて、バリューだし続けられるようにがんばります。
 
 
 
 
 
 お礼
いつもお邪魔させていただいているHiveshibuyaの皆さん。
...書ききれない!とにかく清水の生活の中に存在してくれるすべての方、ほんとうにありがとうございます。
 
 
 
 
そして、みちるちゃん。
いつも本当にありがとう。ブログ書いてないでしっかり働きますね…………….....................
(ブログ見つかったら差し止め要求きそうだな…笑)
 
 
 
つづく☆
 
 
 
筆者:しみこ
渋谷に住んでいます。
母子家庭出身、歌舞伎町に住んでいました。
「所得格差・教育格差の固定や、情報の偏りがなくなればいいな」
と、願っています。
最近は、みちるちゃんという人と一緒に事業をがんばっています!